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ときどきの信州飯田
涼しげな話題
真夏の最高気温だけでみると信州の盆地は都心と変わらない。これは意外な事実です。信州飯田の海抜は500m。標高が100m上がると気温は0.6℃下がると言われています。その理屈では3℃くらい都心より涼しくていいのに。昔、地理の授業で私も習いました。それは内陸性気候のせいです。
しかし夜は楽です。都心が熱帯夜でも信州飯田は21℃くらい。8月もお盆を過ぎると最低気温は20℃を切る晩も。この昼夜の温度差がおいしい果物つくりに適すとされています。
それと、その気になればもっと涼しいところに行けます。例えば車で行けてしまう伊那谷有数の展望台、陣馬形山(1,445m/中川村)山頂は計算上では5℃涼しいことになります。南アルプスの3,000mの稜線ともなれば信州飯田より15℃涼しい計算です。
長い長い梅雨が明けて信州飯田の表情が豊かになりました。川で遊ぶ子供たち、そして明日の晴れを約束してくれそうな夕焼け。
あとはコロナの沈静化をただただ祈るばかりです。全国の皆様が再び信州を訪れて下さいますように。
(上)撮影 2020.08.14 信州飯田 車で5分の郊外 妙琴原 飯田松川にて
(下)撮影 2020.08.13 信州飯田 中心市街地から 笠松山方面を望む
“幻の” 天龍峡大橋
昨年、三遠南信自動車道に信州飯田の天龍峡を渡る立派な大橋(全長280m)が開通しました。
完成したのになぜ私が勝手に”幻の”とつけたか?それはこれだけ立派な橋なのに全景を見ることが出来る場所が殆どない地味な立地、そしてとても地味な色(山鳩色)であることからです。それもそのはず、ここは国指定の名勝天龍峡を渡ることで環境省が深く関わり立地/形/色/工法/自然への影響を吟味したからです。
嬉しいこともしてくれました。自動車専用道の下に遊歩道をぶら下げて我々が歩いて渡り眼下に天竜川や飯田線をを眺められることです。愛称はそらさんぽ。ガラスではなく荒い網なので6月の爽やかな日陰の風が通り抜けて、なんとも気持ちがいいです。
名勝に長野県で指定されたのは当時あの上高地とこの天龍峡だけであったそうな。昭和初期の東京日日新聞によれば都会人の行きたい観光地に堂々この天龍峡が一位にランクインした時代があったそうです。
飯田市は十年前「名勝天龍峡保存管理計画」という学術的調査を一冊の本にまとめました。植物の識者によると、天竜峡の南に分布する竹林は人工的で後に勢いを伸ばしたものであり、本来は風光明媚なアカマツ林や炭焼きに供した雑木の森が広く分布していたとあります。確かに今見ると松はうっそうたる竹に完全に負けて植生が変化しています。名勝に指定されたことで枝も切ってはいけませんという、何もしないのが自然保護ということで自然のなすがままにしてしまったことが原因かもしれません。かつて都会の人が憧れた本来の天龍峡に自然のバランスを整えることは出来ないものでしょうか。
暑いときのマスクがこんなにストレスとは思いませんでした。コロナの早期収束を祈ってやみません。
(上)撮影 2020.06.07 長野県飯田市天龍峡大橋「そらさんぽ」より
上流の天龍峡方向 飯田線鉄橋を望む
※飯田線の電車も見たい方は時刻表を確認してからお越しを。
なにしろめったに電車が来ないのが飯田線ですから。
(下)撮影 2020.06.03 天龍峡大橋 上面 自動車専用道路
下にぶら下がっているのが遊歩道「そらさんぽ」
春の妖精カタクリと飯田桜並木一号木
妖精とはカタクリのはかない命を指して言っているそうな。地上に出られるのは年に2ヶ月。花を咲かせる栄養を貯めるのに8〜9年。これが当社氷屋発祥の地、飯田市北方に昔からちょっとした群生が見られるのです。今年の4/4開花は早い。
一方飯田の桜並木。3/24毎年一番早く咲く一号木(標準木は六号木)のエドヒガンは満開です。ここのお花見は慎ましいもので、もっぱらアルコールやブルーシートには縁のないほんとうのお花見です。勿論満員電車に乗って見に来る必要もありません。
年輪と同じくいつもの自然界の営みにふと癒やされます。
世界の脅威となった新コロナウィルスの一刻も早い収束・克服を祈るばかりです。
(上)長野県飯田市北方
例年より早いカタクリの開花
撮影:2020/04/04
(下)長野県飯田市 中心市街地 桜並木にて
一番早く咲く一号木 エドヒガンの満開
撮影:2020/03/24
暖冬の後に来る陽気は?
冬が間引かれてしまったような異常な暖かさです。南北に走る南アルプスと平行して走る天竜川との間に前衛となる伊那山地(地元では伊那山脈と呼ぶ)があります。
この時期はアルプスは元より手前の伊那山地も真っ白になるのが常ですが、ことしは山肌が丸見えです。
南アルプスの主峰北岳は3,192m(日本第二位)手前の伊那山地は1,800m台。重なって見えますが1,300mもの標高差があるのです。
2027年開通予定のリニア中央新幹線の工事も少しづつこの伊那谷を変えようとしています。関連道路として、中央自動車道の座光寺PAのスマートインター取り付け工事が足下で始まっています。周りが急峻な地形なのでかなりな規模の土木工事です。
新型コロナウィルスの早い収束祈るばかりです。この暖冬の後は普通の春が来てほしいです。
(上)長野県下伊那郡高森町の高台からの夕景
南アルプス南部を望む 悪沢岳(左)と荒川岳(右)手前は伊那山地
撮影:2020/02/11
(下)長野県下伊那郡高森町の高台からの夕景
南アルプス北部を望む 左から 仙丈岳 北岳 間ノ岳 その手前は伊那山地
撮影:2020/02/11
信州飯田からのご来光
信州飯田から見る南アルプスは森林限界が高く前衛に二千m弱の伊那山地がある為、アルペン的風貌では北アルプスに比べてちょっと地味です。でも3000m超えの頂の数は11座と北アルプスより多いのだと言ってみたいのは信州の南の方の人だけなのでしょうね。これらの山々は今年も変わらず人類の営みを悠然と見下ろしていくことでしょう。
2020年新たな年の始まりにあたりまずは災害の無い安寧と、皆々様のご健勝ご多幸を心よりお祈り申し上げます。
(上)飯田高原(中央道飯田インターより5分)より 南アルプス越しのご来光
2020.01.04 am7:15 易老岳と上河内岳の中間付近からの日の出
(下)飯田高原(中央道飯田インターより5分)より 信州飯田(伊那谷)と南アルプス
2020.01.04 am7:15 南から(写真右)聖岳/赤石岳/荒川岳/塩見岳/間ノ岳/北岳/
仙丈岳/南アルプスの三千m級の山々
ハナノキと湯気
今年はハナノキの紅葉の最後に立ち会えた。11月17日の西日の下。自生地は長野県と岐阜県の県境に限られる、湿地を好む天然記念物のハナノキ。ハナノキも貴重なのだが、ハナノキの育つ湿地の環境が今減っていることが問題らしい。一本一本立地により紅い色が異なる。落葉は一晩で落ちると言えば大げさだがけっこう一気に来ます。
いよいよ湯気が映える陽気となって参りました。当社の豚まんも飯田の文化の日恒例のグルメフェスティバルの常連になりました。まんじゅうが売れているように見えますが湯気が売れているのかも。遠くからも見えるのは看板ではなく湯気のようです。
(上)撮影日:2019.11.17 飯田市山本二ツ山にて
(下)撮影日:2019.11.3 飯田市リンゴ並木界隈 飯田グルメフェスティバルにて
それでも着々と秋の足音が
長い習慣で毎年10月上旬に続けてきたある会合の幹事さんより電話があり今年は延期。松茸がないからとのこと。会合の目的はともかく今年の信州飯田ではあり得る会話なのです。高温で湿り気が少ない今年の秋は全国一の産地信州ではいつもの松茸が出てきません。
一ヶ月遅れの梅雨明けから始まり10月なのにいつまでも秋がこない異例続きの夏です。そこへ過去最強クラスの超大型台風19号の通り道がまともに本州という異常づくめ。同じ信州の千曲川沿いの皆様、関東・宮城の皆様に心よりお見舞いと、寒さに向けて一刻も早い復旧をお祈り申し上げます。
一方で南アルプス3000メートル級はすでに紅葉のピークを過ぎ、里のりんごは確実に紅さを増しています。生き物はサボることなくいつも時を刻み続けることは事実のようです。
(上)撮影日:2019年10月11日 信州飯田 飯田高原より
南アルプスを伊那山地越しに見る
(下)撮影日:2019年10月10日 信州飯田 飯田高原付近にて
信州飯田の秋の始まり
信州飯田ってこの時期毎週末どこかで花火や神輿が出てるねってよく言われます。ほんとうにその通りなんです。
今宮神社の秋季祭典(今年は9月14日)は400年を超える歴史・飯田随一の規模に加えて今宮球場を舞台に行われる仕掛花火と、きおいの共演が見ものです。
当社本社の属する氏子の通り町連合の神輿も主役の一基です。人口減少・旧市街の人口の空洞化が早くからこのお祭りにも影響を及ぼしてきました。現青壮年の皆さんがやり方を工夫し時代に合わせて変えながら、その一方でこの神輿を通り町の法被を着て担いでみたいと思ってくださる周りの地域の若者達に恵まれて、今年も若さがほとばしるようなきおいとなりました。
若い皆さんの強烈な思いとエネルギーがなんとも頼もしい。信州飯田っていいなと思う1日です。
この度の台風15号による被害に遭われている千葉の皆様の一刻も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
信州飯田の水道水は恵まれている
この飯田市で480年も続く醸造屋の社長さん曰く、飯田市のとりわけ丘の上の水道水は黒川を水源としてとても恵まれた水。それを永く味噌醤油の原料水としてきているとのこと。調べると、黒川ってひと山向こうの旧大平部落(昭和45年廃村)を流れる川。昭和3年にそこから14kmにもわたる導水管を作って飯田市街地に水を引いたそうな。当時のひとの苦労と高い志が偲ばれると共に、水に恵まれるという財産にちょっと誇らしげな気持
ちになります。
今回は飯田インターからわずか15分の鳩打峠(標高1,100m)直下の鳩打トンネルを経てその黒川を辿り旧大平部落への未舗装の林道を車で走ってきました。林道に覆いかぶさる新緑の枝ぶりからして、今日はすれ違う車はないと思いきや三人の飯田生まれの健脚の若者たちに出会いました。麓の沢城湖に車置いて来たとのこと。その走りの早いの早いの、私の撮影の車を何度も追い越して。トンネル出口で三人のシルエットが格好よかったです。
撮影 2019.7.6
(上)鳩打トンネル(標高約1,100m)にて 長野県飯田市大瀬木
(下)黒川中流部 飯田市水道の最も歴史ある水源となっています。
長野県飯田市大平 鳩打林道から